yamayama_photo日記

心に残るよしなしごとを写真とともに書きとめる草ログ

被災地の写真洗浄ボランティア

先日、末広町にある3331 Arts Chiyodaの地下で行われている「被災地写真洗浄ボランティア」に参加した。30数名集まったボランティアのうち、初心者は約半分だった。洗浄は富士フィルムとArts Chiyodaのスタッフ数名がリーダーとなって行われた。富士フィルムに父親がつとめているという男子高校生が数度の洗浄体験者として、グループリーダー格で黙々と作業していた。
海水や泥水に浸されて約半年そのままになっていた写真はほとんどが銀塩写真バクテリアなどによるゼラチン質の浸食がひどく、水洗すると大分絵が失われてしまうが、そのままにしておくとバクテリアの浸食がどんどん進むため、早急な対応が必要との事だ。
写真のほとんどがアルバムやポッケットアルバムに入っており、一度ぬれたものが泥とともに乾いてアルバムから出し難くなっている。丁寧に開いて泥などを筆で落とす。メモ書きなども大事に残され、アルバムを探しやすくするため、中にどんな写真が入っているのかメモをする。水槽内でバクテリアに冒された部分、残った泥を丁寧に落とし、水ですすぎ網に干した。何となく海の匂いがしたような気がする。きれいになった写真は富士フィルム提供の新しいアルバムに納められるとの事。30数名で2時間行い、段ボール1箱の洗浄が終了した。かなり時間のかかる作業だった。
水洗したらほとんど画像が分からなくなってしまいそうな写真はデジカメで複写した。今回洗浄したのは閖上地区の写真だそうだ。陸前高田の分が今後届くようだが、地域が広いため逆に写真に手がまわらなかったという話だ。
被災地で写真を発掘したのは自衛隊やボランティアの方々のようだが、今後膨大な量のなかから持ち主が探して回る。被災者の手に無事戻り、貴重な思い出が手元に戻り蘇ることを喜んでいただけたらと思う。
どの写真も私たちの思い出と重なるような人の一生の一コマが写っていたが、ボランティアの皆さんはほとんど写真に写った内容を見ている余裕はなく、出来るだけきれいに多くの画像を残そうと一生懸命に、像の残り具合を見て一喜一憂した。終了時の片付けの手際や協力具合もさすがボランティアを買って出る人達だと思うほどスムースだった。

写真が記憶の糸口として、過去になってしまったことの記録あるいはよりどころとして重要なものだと今回の震災で改めて感じた。私たちが日常の記録として家族や友人達と撮られたであろう写真は、今、多くの人の手を通してもっと重みを持った存在に変わる。政治家や経済人、学者などではなく、本当の意味で日本を動かす多くの人々が生きた事を皆が守ろうとしているようにも感じる。

失われた記憶を紡ぐにははかなくなりすぎた画像なども多く、少しでも残った画像に記憶をたどり元気になっていただけると良いが、はかなくなってしまった画像に悲しさが募ってしまう方など、それぞれの状況で受け取り方が違ってくると思われる。どのように手元に戻していけば一番良いのか、心の専門家との恊働ができたら良いと思う。
心のケアが叫ばれて久しいが、個々の状況は計り知れないほど複雑で、復興はこれからが個別の複雑な対応段階へ入る。それぞれの生き方、考え方、家族の状況、仕事、経済状況など多くの問題があり、それぞれの満足がいく復旧はとても難しい事なのだと思う。


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